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思い出は、ほろ苦い味がする

 投稿者:ドラ  投稿日:2009年 3月 8日(日)23時23分58秒
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   昔は、寒い冬だった。すきま風の抜ける木造家屋に住み、練炭火鉢や炭火鉢、石炭ストーブで暖を取る。石炭ストーブに石炭を放り込んで、じっと石炭が紅く燃え盛りやがて燃え尽き灰になるのをじっと眺めてた。学校の行き帰りは、電柱まで走りジャンケンし、負けたら次の電柱までカバン持ちをやってた。

 冬は決まって木枯らしが吹き寒かった。学校の行き帰りの途中は、たき火にあたって暖を取った。朝早く登校し、グラウンドでドッチボールなどで体を温めた。みんな、朝早く来て顔を合わせるのが楽しみだった。ハアハアと息が切れても走りに走った。休憩時間の短い時間もお昼休みも放課後も、精一杯走り回った。中一の頃が一番楽しい。

 昔は貸本屋があってそこで借りることもできる。昔ながらの和風の食べ物を食べていた時代で栄養バランスが良くなくて、流行目が心配で貸本屋では借りたことは無かった。大きな本屋さんは少なく、明石銀座まで行って中一コースや中一時代を買って、隅から隅まで読んだ。学生雑誌から時代の変化を感じることができた。

 目医者さんに行くと、ノブが汚いからと親がドアを開けてくれてじっと待つ。待つ間、流行目がうつってはいけないからと云われて、置いてある本が読めなかった。昔のお医者さんの患者は、子どもが多かった。裏道・公園には、子どもがあふれるように居て、学校から帰ると家を飛び出し、それぞれがグループを作って、石蹴り・缶けり・陣取り・縄跳び・ベッタン・ベーゴマをしていた。長い太い縄で回す縄跳びには、同時に多くの子どもが入って元気なかけ声で跳ねていた。年齢の違うこともが一緒に遊べることをやっていた。日が落ち見えなくなるまで遊んでから、また明日と言って家に帰った。

 本は少なく高い時代で、本は学校の図書室で借りて読んだ。図書室には本が少なく、数冊ずつ借りると読みたい本が無くなる。寝る前の一時間の本を読む至福の時間。それとラジオを聴くのが楽しみだった。ラジオは、今もNHK第一でやっている日曜名作座が聞いていた。七色の声を出す声優2人がすべての登場人物を演じる。

 ラジオで聴いたそのあと、寝る前に目をつぶって話しを思い出し自分の物語にしたり、読んだ本の主人公になって毎晩ストーリィを変える楽しみがあった。ラジオは、聴いたことから映像と音声を豊かに想像される力を与える。テレビ時代に生きる今の学生は、昔の学生より想像力が落ちるのではないか。

 漫画を読むのが楽しみであり、早くから散髪屋に行って漫画を読んだ。散髪のあと、暗くなるまで漫画をずっと読んでた。散髪屋の人がもう暗いよと云うまで夢中で読んでた。漫画雑誌には、夢と冒険と正義が描かれていた。当時の漫画は、子どもに歴史や世界や時代感覚を教え感化し、今の日本を作りだした気がする。

 晩秋、木々の葉が枯れ木枯らしが吹くと、一斉に葉が落ちる。街には緑が多く、雨のように枯れ葉は舞い落ち、詩人・歌人になれる。古びた校舎から見える校庭は、砂ぼこりが舞い上がり、外の寒さを感じさせる。校舎の中に、すきま風が吹き込み寒く暗かった。

 雨模様で黒く曇った日は、南の窓側の席は明るく温かいが、廊下の北側の席は暗くて寒い。冷たい手をさすりながら、鉛筆で字を書いた。先生の話を上の空で聞いて、別のことをぼんやり考えていることもあった。

 昔の先生は、今の弱々しい先生とは違い、威勢が良く勢いがあり人生観に自信を持っていた。先生は、現実を語り過去を語り未来を語り夢を語り、学生に未来を想像させた。

 ホームルームでは、学級委員長が意見を募る。順番に意見が手で、やがて同じです、意見はない人が続出し出す。そんなことでは如何とばかりに、順番が回ってきたら必ず自分の意見を言うことにしてた。そうすることがとても大切だと感じてた。

 昔の学生は、とても質素な身なり、質素な持ち物であった。質素を共有できた時代だった。授業についていけない学生が居たが、そんなことは気にしないでみんな明るく元気に飛び回っていた。服は大切に着、鉛筆や消しゴムは短く小さくなるまで使った。

 クラス編成が変わり中二になると、そろそろ進学を意識し学業に力が入るようようになる。学生の顔立ち・顔つきは、子どもから大人へと少しずつ変わり、たくましく輝きが増してくる。学生みんなの顔がまぶしくなってくる頃だ。授業内容は難しくなり、個々の学生の差がついてくる。そうした中で、好きな子やあこがれの子が見つかってくる。彼氏彼女と同じ道を歩みたいと考えるようになる頃だ。

 参観日の後の面談で、就職・進学をどうするか親と先生が相談するのをじっと聞いている。もう少し頑張らないと難しいとか、大丈夫じゃないですかと先生は楽観的に云うが、親はやや悲観的に不安そうに質問する。子どもは明くる日にはそんなことは全て忘れ、学びより遊びと交友を大切にする。運動会・音楽会と楽しい行事に向かって邁進する。

 中三になると、就職・進学と学生の行き先が決まってきて、少しずつグループができてくる。家に帰ると腕力を付けるために、明るい間はヒモと伸びる強いゴムをつないだドッチボールを投げ、伸びたゴムに引き寄せられて戻って来るドッチボールを再び投げることを暗くなるまで続けていた。少しで体力測定で、遠くまで投げたいと思った。

 中三になると、夜は参考書に目を通す。教科書はストーリィがなくつまらないが、参考書はコラムがあって楽しく読める。中三コースに付いている付録は、二色刷りされていてとてもよく分かりテストに役立った。秋になり、英語をやらなくっちゃと、1人ホームコタツで英単語をどうやって覚えようかと考えてた。じっと見ていたら、そんなに数が多くないと気がついて、AからZまで順番に繰り返し覚えることにした。忘れたときは、書いてある位置を思い出す方法でしのいだ。

 中三も終わりになると、いよいよおわかれかと一人一人の顔を見る。後姿を見る。長い髪、大きくなった胸、太い腕、たくましい体、大人びたまなざし、やさしい笑顔、好奇心の塊のような輝く眼がそこにあった。

 中学を出ると、三分の一は就職し、三分の一は工業高校へ進学、残り三分の一が普通高校へと進んだ。そういう時代だった。卒業式でみんなと歌を歌うと、じーんと涙が出た。感激し、何度も卒業式ができると良いと思った。

 卒業生それぞれに学生生活がある。みんなどんな学生生活を送ったのだろう、送っているのだろう。子どものときは長く、大人のときは短い。わずか3年だけれど、大人の10年に匹敵する長さを感じる3年間であった。大人が、中学の頃を古き良き時代と感じるのは、時代の常である。3年間は、鳥が巣立つ前の準備をするように、ライオンの子が谷に落とされてはい上がるように、学生は多くを知り学び体験する。大人の社会の現実も見えてくる。

 大人になると、あのときもう少し一生懸命やっていれば人生が変わっていたと振り返るのが中学であろう。子どもから大人にカイコのように脱皮する、そういう体験が3年間にある。

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